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秋田簡易裁判所 昭和39年(ろ)99号 判決 1965年8月06日

主文

被告人金子仁、同加賀谷謹之助、同土田勝義を、それぞれ、拘留二〇日に処する。

訴訟費用は、その三分の一宛を各被告人の負担とする。

理由

(罪となるべき事実)

第一  被告人金子仁は、秋田県政共斗会議に属する全日本自由労働組合秋田県支部常任執行委員であったが、昭和三六年四月二〇日秋田市西根小屋町上丁三番地秋田地方裁判所において、小川俊三外四名に対する住居侵入等被告事件に関する第一回公判期日前の証人として宣誓の上、浜秀和裁判官から、刑事訴訟規則第一二一条にしたがい証言拒絶権を概括的に告知された後、尋問されたが、その際尋問事項中の、

一、秋田県政共斗会議を知っているか。同会議の結成の経緯、構成、役員。

二、秋田県政共斗会議は小畑知事に対し、「昭和三六年度秋田県予算に関する要求書」を提出したか。その内容。

三、昭和三六年二月一一日知事公舎に行ったか。

の各事項につき、正当な理由がなく証言を拒み、

第二  被告人加賀谷謹之助は、秋田県政共斗会議に属する秋田県教職員組合副委員長であったが、昭和三六年四月二四日前叙第一記載秋田地方裁判所において、小川俊三外四名に対する住居侵入等被告事件に関する第一回公判期日前の証人として宣誓の上高木実裁判官から、刑事訴訟規則第一二一条にしたがい証言拒絶権を概括的に告知された後、尋問されたが、その際尋問事項中の、

一、秋田県政共斗会議の結成の経緯、構成、議長を除く役員、意思決定機関および意思決定の方法。

二、秋田県政共斗会議は小畑知事に対し、「昭和三六年度秋田県予算に関する要求書」を提出したか。その提出の経緯、要求内容、同要求につき県側と交渉したか、交渉の為秋田県政共斗会議に属する組合員の動員計画をたてたか。

三、昭和三六年二月一一日知事公舎に行ったか。行くにいたった経緯。動員数

の各事項につき、正当な理由がなく証言を拒み、

第三  被告人土田勝義は、秋田県政共斗会議に属する全日本自由労働組合秋田県支部書記長であったが、昭和三六年五月九日前叙第一記載秋田地方裁判所において、小川俊三外四名に対する住居侵入等被告事件に関する第一回公判期日前の証人として宣誓の上、杉島広利裁判官から、刑事訴訟規則第一二一条にしたがい証言拒絶権を概括的に告知された後、尋問されたが、その際尋問事項中の、

一、秋田県政共斗会議を知っているか。同会議の結成の経緯、構成。

二、秋田県政共斗会議は小畑知事に対し、「昭和三六年度秋田県予算に関する要求書」を提出したか。その提出の経緯、要求内容、要求について県側と交渉したか。

三、昭和三六年二月一一日知事公舎に行ったか、

の各事項につき、正当な理由がなく証言を拒んだ

ものである。

(証拠の標目) ≪省略≫

(犯罪証明のない部分)

被告人加賀谷謹之助に対する公訴事実中、「昭和三六年二月一二日知事公舎に行ったか。行くことは二月一一日以前からの予定であったか。二月一一日以後急拠予定されたものであったか。行くことになった事情。動員数。」、ならびに、被告人金子仁、同土田勝義に対する各公訴事実中、「昭和三六年二月一二日知事公舎に行ったか。」

の各尋問事項に対応する証言拒否罪の証明はない。すなわち

≪証拠省略≫を総合すると、つぎの事実が認められる。

(1)  秋田地方検察庁が昭和三六年四月一九日小川俊三外四名に対しつぎの公訴事実で秋田地方裁判所に公訴を提起し係属した。

「小川俊三は、秋田県政共斗会議(以下「県政共斗会議」という。)に属する秋田県職員組合(以下、「県職組」という。)中央執行委員長、佐藤陞は県職組中央執行委員、小林俊太郎は県職組秋田支部委員長、高橋茂は、県政共斗会議に属する全日本自由労働組合(以下、「全日自労」という。)秋田県支部委員長、橋村昭一は全日自労秋田分会副委員長であるが、

第一、小川俊三、小林俊太郎、高橋茂、橋村昭一は、県政共斗会議に属する組合員数一〇名と共に、同会議が昭和三六年一月二〇日付で秋田県知事小畑勇二郎に提出してある「昭和三六年度秋田県予算に関する要求書」の回答を求めるため、同年二月一一日午前九時三〇分頃秋田市西根小屋町中丁一三番地所在の秋田県知事公舎において、昭和三六年度予算査定中の同知事に対し、「二月一三日に右要求書に対する回答をしてもらいたい」旨申入れたところ、これに対し同知事が同月一五日まで回答を待ってもらいたい旨答えたため、あくまで右要求を貫徹すべく同公舎の廊下を占拠して労働歌を高唱し、床板を踏みならす等の喧騒を極めていた前記組合員数一〇名と呼応して数次に亘り、交渉名目で前同様の申入れをして県当局側の予算査定業務を殆んど進行できない状態に至らしめたため、同知事から同日午後八時頃同公舎において、交渉は打切るから全員速かに公舎外に退去されたい旨退去要求を受け、次いで、同日午後九時四〇分頃再び口頭による退去要求を受けると同時に、秋田県総務部秘書課長栗山拾太郎から、同課長名義の退去要求書を県政共斗会議議長内藤良平を通じて手交され、更に午後九時五〇分頃同県管理課守衛長武藤潔が同公舎廊下に貼付した前記秘書課長名義の二〇分以内に退去されたい旨を記載した西洋紙三枚大の退去要求書により退去要求を受け、最後に午後一〇時五分頃同県総務部次長大黒屋栄一から口頭で「一〇分以内に必ず退去してくれ、退去しなければ警察官を呼ぶ。」との厳重な退去要求を受け、右要求を知悉したにも拘らず、これに応ぜず、右小川等四名は前記組合員と共謀の上、同日午後一一時四五分頃警官隊の実力行使による排除まで不法に同公舎から退去しなかった。

第二、小川俊三、高橋茂、橋村昭一は、同月一一日午後九時三〇分頃前記知事公舎廊下において、秋田県産業労働部職業安定課長塩田晋が同僚二〇名位と共に予算査定事務のため同公舎第一応接室に入ろうとしたところ、これに対し、前記組合員四〇名位と共に同課長を取り囲み「こいつが一番悪い奴だからやってしまえ」「文句があるような大きな顔をしている。ただでおくもんか。」「暴力とはどんなものか見せてやろうか。」「この野郎やってしまえ」等と怒鳴り、あるいは、肩上膊部、肘等で同課長の胸、腹等を押したり小突いたり等しもって、多衆の威力を示して同課長の身体に危害を加えるべきことを告知して脅迫するとともに暴行を加えた。

第三、小川俊三、佐藤陞、小林俊郎、高橋茂、橋村昭一の五名は同月一二日午前九時三〇分頃前記知事公舎玄関において、前記組合員四、五〇名とともに、前記要求を貫徹すべく同知事に面会を要求したが、前記栗山拾太郎、武藤潔等が「知事は予算査定で忙しく面会できないから公舎に入らないで帰ってもらいたい。」旨申向けたにも拘らず、前記組合員と共謀の上、強いて右両名外約二〇名の県当局側職員の制止を排除して、同公舎内に侵入した。

第四、佐藤陞、小林俊太郎は、同日午前九時三〇分頃前記知事公舎玄関において、前記の如く同公舎内に不法に侵入するに際し共謀の上、同玄関と同廊下との境に取付けてある同玄関南側第二扉に両手をかけて強く外部に引っぱる等して該扉の差金部分を折曲げ、且つ蝶番を該扉から分離せしめ、もって他人の建造物を損壊した。

第五、小林俊太郎は、同時刻頃前記知事公舎玄関において、前記組合員中の約二〇名とともに、同公舎内に不法に侵入するに際し、同県秘書係長後藤孝一が被告人等の侵入行為を阻止しようとしたことに憤慨し「貴様なに者だ」等と怒号しながら多衆の威力を示し、同人の胸倉をつかみ、強く引張って同人の着用していたオープンシャツの襟元を引裂き、もって暴行を加えた

ものである。」というのである。

(2)  被告人等に関する証人尋問申請書によると、その尋問事項は、前記(1)の公訴事実を立証するため、つぎの事項の証言を求めるため、申請されたものである。

「一、秋田県政共斗会議は如何なるものか。

1  結成の経緯

2  構成

3  役員

二、同県政共斗会議は知事に対し、「昭和三六年度秋田県予算に関する要求書」なるものを提出したか。

1  提出の経緯

2  同要求書の内容

3  同要求書について県側と交渉した経緯その状況

4  右交渉のために県政共斗会議に属する組合員の動員計画をたてたか。

その動員数、場所、日数

三、昭和三六年二月一一日知事公舎に行ったか。

1  その経緯

2  動員数

3  知事との交渉状況

4  公舎に入った組合員達の動静

5  知事その他から交渉打切りおよび退去要求を申し渡されたか。

6  退去しなかったか。その事情。

7  塩田職安課長が廊下で吊し上げられていたか。

8  警官隊に押出されたか。その事情。

9  警官隊に押出される時の第二玄関扉の状況

四、二月一二日知事公舎に行ったか。

1  二月一一日以前からの予定であったか。二月一一日以後急遽予定されたものであったか。

2  行くことになった事情

3  動員数

4  玄関で県側職員と押合をしたか。

5  扉を開けたか

6  開けたときの扉の状況

7  その後廊下の中に入ったか

8  廊下の中に入ってからの行動はどうか。

9  警官隊に押出されたか。

五、以上の事実について

1  証人の関与し又は知った範囲

2  証人とともに行った者の氏名およびその者の行動について

六、その他右各項に関連する事項。」との事項である。

(3)  被告人等はいずれも昭和三六年二月一一日知事公舎に行き、他の組合員等と行動をともにし、同日夜遅く警察官に排除されるまで知事公舎内に居り、二月一二日には県当局側職員の制止を聞かずに知事公舎に入った者の一員であった。

右認定を左右する資料はない。右認定事実によると、もし前叙(1)訴因第一の二月一一日の不退去、同第三の二月一二日の住居侵入が証明されると、被告人等はその共犯であることが明らかであり、二月一一日の不退去により警察官に排除された後、二月一二日の住居侵入までの間には、組合が知事から一二日に知事公舎で交渉を続行する旨の承諾を得ていないので、結局、一二日に交渉目的で知事公舎に行ったことは前夜の不退去に続く違法状態の連続行為といえる。したがって、被告人等が一二日に知事公舎に行ったか、または、行くことになった経緯、動員数を証言することは、前叙認定(3)の事実と相まって考えるとき、被告人等についても、前叙(1)訴因第三の住居侵入事実に関する故意ないし未必の故意が容易に認定できる結果を来すのである。そして、被告人等に対する尋問事項の主たる目的は、前叙(2)の三以下の被告人等自身および行動を共にした小川俊三等の公訴事実を裏づける事実を証言させることにある点は、尋問事項自体からこれを読みとることができる。それ故、前叙本件公訴事実中の二月一二日の行動に関する各尋問事項は、被告人等に対し、前叙(1)の訴因第三にいう住居侵入のうち、「他の組合員と共謀して」とある部分、すなわち共犯関係にたつ被告人等自身の行為につき不利益な供述を求めようとすることも包含され、「二月一二日知事公舎に行ったか。」に答えることも住居侵入の構成要件を充足する一事実(それが直接的とみるか、間接的とみるかは別として。)に答えることになるのであるから、それに答えれば、少くとも刑事訴追の虞れが現在しないということはできない。この点につき検察官は、「公舎の建物の前まで行っただけでも知事公舎に行ったことにはなるのであり、それからさらに建物の中に入る場合もあろうし、また、建物の中に入らないで玄関口で帰る場合もあるわけである。したがって、知事公舎に行ったこと自体は、なんら犯罪にならないしまた、当然住居侵入という犯罪事実に結びつく事実でもないのである。」として、その証言拒絶に正当性がないと主張するけれども、検察官がその証言により立証しようとしている事実は、右主張のような意味をもって、二月一二日知事公舎に行ったかを尋問しようとしているものではなく、前叙のように、その前夜の不退去を前提として、一二日行ったか。そして住居侵入したか。との一連の違法行為の意味においてであり、構成要件評価上重要な意義をもつものである。したがって、検察官の右主張は失当というほかない。

以上のとおりであるから、被告人等に対する二月一二日の前叙各尋問事項については、被告人等はこれを拒絶する正当な理由があったものというべく、結局、この点の犯罪事実の証明がないことに帰する。

証言拒否罪は、構成要件事実としては、各尋問事項毎に正当な理由がなく拒否することによってその要件を充足するけれども、一人の証人が同一機会に二以上の尋問事項につき正当な理由がなくこれを拒否した場合の罪数は、包括一罪であって併合罪ではない、と解する。本件公訴事実中、前叙証明のない部分は、包括一罪となるべき事実として起訴されたものというべく、したがって主文で一部無罪の言渡はしない。

(弁護人の主張に対する判断)

第一、本件公訴の提起は公訴権の濫用であり無効であるから、公訴棄却の判決を求める旨の樋口弁護人の主張について判断する。同弁護人主張の要旨は、(1)県政共斗会議が団体交渉をしたことはその権利であり小畑知事はこれに誠実に応ずる義務があるのに全く誠意を示さず深夜まで座り込むのやむなきにいたったもので、すべて正当な労働行為であるのに、警察権力を用いて組合員を公舎から追い出した。(2)県政共斗会議は二月一六日小畑知事と、要求に関し円滑に交渉妥結したのに、その後警察検察庁は県庁の手先となって捜査を開始し、必要もないのに小川俊三等を逮捕勾留し、捜査に名をかりて労働運動に不当に介入しこれを敵視し弾圧した。(3)被告人等が一連の弾圧の中で、いかに苦悩し、不安を感じ、労働運動を防衛し、自己を防衛するため、憲法上の権利を行使したかの心情を理解せず、労働組合が生意気な戦術をとったことをこらしめようとする報復的意図に基き、恣意に基いて起訴したものであるから、濫用であり無効である。というのである。まづ、右(1)の県政共斗会議が権利として団体交渉したとの点は所論のとおりであるが、団体交渉を始めればいかなる行為も正当となるわけではなく、そこには限界があり、労働組合法第一条第二項但書は、「いかなる場合においても、暴力の行使は、労働組合の正当な行為と解釈されてはならない。」と明規しているのであって、大衆行動にともすれば起りがちな病弊である暴力の行使は、正当な行為ということはできない。前叙小川俊三等に対する公訴事実は、暴力の行使が刑事犯罪を構成するとされた場合であり、その警察権を行使させた責任は、その組合員の暴力の行使を抑制できないばかりでなくこれを大衆行動の方法と称して自認した県政共斗会議の幹部と、暴力を行使した組合員自身にあり、自ら招いた結果に外ならない。(2)県政共斗会議が知事とその後円満に交渉妥結したとしても、すでに成立した犯罪の捜査として、小川俊三等を逮捕勾留し被告人等を証人として尋問申請をする何らの妨げとならないばかりでなく、犯罪捜査の方法としては、むしろ、双方の妥結後開始する方が良識に沿うといえる。それは、決して、合理的理由のない犯罪捜査とはいえないから、不当介入や弾圧とはならない。また、(3)の検察官が報復的意図を持っていたとの主張は認め難く、恣意に基く起訴であるとの所論も採用し難い。

およそ、公訴の提起は検察官の専権であり、検察官がこれを適正妥当に裁量すべきことは勿論であって、その裁量権の行使が合理性を欠くときはその濫用となり、その瑕疵が重大かつ明白である場合、公訴の提起は無効となる。本件で、検察官が被告人等を起訴するにいたった見解として論告に表れたところについては、当裁判所は必ずしもすべての点で一致するわけではないが、後に判示するような、被告人等の証言拒否の理由と、それが正当な理由に当らない点、被告人等の証言拒否の態度などを考え合せると、検察官が被告人等を起訴した事情も首肯でき、合理性を否定することはできない。それ故、検察官が被告人等を起訴したことは、裁量権の範囲を超えないものというべく、公訴提起の手続が違法無効であるということはできない。前叙樋口弁護人のこの点に関する主張は失当である。

第二、「本件起訴状の訴因の記載が、尋問事項毎に各被告人が刑事訴追を受ける虞れがないのにその虞れがあるとして証言を拒んだ旨、および、裁判官が被告人何某に対し、当該の場合には証言を拒否できず、もし拒否すれば過料その他の制裁を受けることを告知し証言を命じたのに、被告人等は証言を拒んだ旨の各記載を欠き、訴因が不特定であり、公訴提起の手続が違法で無効であるから、公訴を棄却すべきである。」との樋口弁護人の主張について判断する。まづ、各尋問事項の正当な理由のない拒否が、それぞれ、証言拒否罪の要件を充足するけれども、その関係は包括一罪であり併合罪の関係にたたないこと前叙のとおりであるから、各尋問事項毎に正当な理由がない旨訴因を記載する必要はない。つぎに、証言拒否罪を定めた刑訴法第一六一条は「正当な理由がなく証言を拒んだ」との要件を定めているだけであり、「刑事訴追の虞れがないのにその虞れがあるとして、」との証言拒否理由や、刑訴規則第一二二条の証言命令について何も明規するところがなく、形式的にみて、訴因として右事実を記載することが要求されていないばかりでなく、実質的にみて、そのために、被告人等の防禦権を侵害するものとも考えられないこと、および、後に判示するように、その構成要件は「正当な理由がなく証言を拒んだ」ことに尽きる点、からみて、訴因は本件起訴状の記載で十分特定しており、公訴提起の手続に違法はない。というほかない。したがって、前叙樋口弁護人のこの点に関する主張は失当である。

第三、「裁判官が当該証人に対し、刑訴規則第一二二条による証言命令を発することが証言拒否罪の構成要件の一つであるところ各被告人の尋問に当った各裁判官は、証言命令を発していないから、構成要件に該当せず、無罪である。」旨の重松弁護人の主張について判断する。

証言拒否罪の構成要件は、「正当な理由がなく証言を拒んだ」ことに尽き、刑訴規則第一二二条の証言命令を発することは、その構成要件ではない。と解する。その理由はつぎのとおりである。

(1)  刑訴法第一六一条は、「正当な理由がなく証言を拒んだ」との文言を用い、裁判官が証言命令を発することを明規しておらず、これを発することを要件とみることは罪刑法定主義に反する。

(2)  証言命令は刑訴規則で定められているのであるが、国民に刑罰を科することを定めることのできるのは、立法機関たる議会(国会、地方議会)のみであって、司法機関たる最高裁判所が規則で定めこれを自ら執行するということは、憲法の原則としている三権分立の立前からみて、許されないことである。したがって、刑訴規則第一二二条は、刑罰規定の性質をもつと解されてはならない。

(3)  刑訴規則第一二二条第二項は、「証言を拒む者が、これを拒む理由を示さないときは、過料その他の制裁を受けることがある旨を告げて証言を命じなければならない。」との文言を用いており、その形式からみて、訴訟手続に主眼をおくことが一見明白である。そして、訴訟手続の実質からみて、証言を拒む者が拒否理由を示さなければ手続の進行が渋滞するにいたるので、それを軌道に乗せる方法として右規定が機能するものである。

さらに、証言を拒む者がその理由を示さないことは、法廷を侮辱するものであるから、法廷の権威と秩序を維持するため、制裁の告知をした上、証言命令を発することを規定した。この意味においては右規定は注意的意義を有するにすぎず、この規定がなくても、裁判所がその権限と職責を有することは多言を要しないであろう。

また、制裁の告知の点に焦点を合せて、右規則をみると、証言命令を発したのになおかつ証言を拒否した法廷侮辱に対して、司法権に内在する秩序維持の権限に基き裁判所自ら過料の制裁をする前提手続として、その制裁を事前に告知し飜意を促すことが、証人の人権保障上望ましい。との意味も持つであろう。

しかし、その告知も、証人が証言命令に従わないことが挙措態度から明らかにわかるような場合には、何らの飜意の可能性もないのであって、告知をしなくても、右の過料を科する妨げとはならない。

刑訴規則第一二二条は、おおよそ、以上のような内容を持つものというべきであって、何ら、刑罰規定である刑訴法第一六一条を補充する性質を有しない。

(4)  証人が何を証言すれば「自己または親族が刑事訴追を受ける虞れがある」かということは、何が刑事犯罪となるかについての証人の認識によって決せられるから、自然犯と法定犯によりその差異は免れない。しかし、法定犯の場合には、法律に関する錯誤の点から、違法性(または責任性)を阻却すると解釈することもできるのであるから、裁判官の証言命令を証言拒否罪の構成要件とみなくても妥当性は見出すことができ、したがって、このことを理由に、証言命令をその構成要件の一つにあげる根拠は薄弱である。自然犯について罪となるとの証人の認識は、社会規範認識能力(責任能力)の問題となるだけであって、証言拒否罪の構成要件と直接関係がない。したがって、証人としては、何ら、裁判官がその証言を拒否することが罪になるとの判断、すなわち、証人の側からみれば、その証言をしても自己または親族が刑事訴追を受ける虞れがないとの裁判官が予めする判断を俟つまでもなくそのことにつき、十分に理解しまたは理解できるのであって適法に証言する旨の意思決定をすることが期待できる。それ故、証言命令をすることは、この意味では全く無意味なのであり、証言拒否罪の実体的構成要件の一つとなり得る余地は全くないのである。

(5)  重松弁護人は、証言命令を発することを証言拒否罪の構成要件とすることは憲法第三一条の要請であるという。憲法第三一条の保障のうち、刑罰を科するための手続的適法手続(Procedual due Process)の意義は、当該被告人に公訴事実を知らせ、これに対して十分に防禦のため主張立証する機会を法律上保障することを意味し、それは現行刑事訴訟法に基く手続で保障されているのであり、このことは証言拒否罪の審理についても同様であり、その構成要件の如何に関係がない。右弁護人の主張はこの意味では失当であり、また、その趣旨が憲法第三一条にいう「自由を奪われ」るための手続的適法手続の意味、すなわち、刑事訴追を受ける前提としての適正手続に解したとしても、その内容はやはり、その証言を拒否することが犯罪となる旨の告知と、それによって開始される刑事訴追手続につき主張立証の機会を法律上保障することであるが、前段の告知については、前叙(4)の実体上の意義では無意味で、前叙(3)の訴訟手続上の意義を有するに止まるから、それをしなくても適法手続に反するとはいえず、後段の点は刑事訴訟法で十分保障されている。したがって、証言命令が証言拒否罪の一つの要件とならないと解釈しても、憲法三一条の手続的適法手続に反するとはいえない。

以上のとおりであるから、前叙の構成要件に関する重松弁護人の主張は独自の見解で、採用するに由なく、したがって裁判官が証言命令を発したかどうかにつき検討するまでもなく、同弁護人の主張は失当に帰する。

第四、「被告人等は証言を拒否すべき正当な理由があったから、無罪である。」旨の重松、樋口各弁護人主張について判断する。以下、各弁護人の主張する事情について検討をすすめる。

一、「被告人等に対する証人尋問申請が刑訴法第二二六条の要件を具備していなかった」旨の樋口弁護人の主張について。

検察官が被告人等を証人として尋問申請した主たる目的は、前叙のように、二月一一日、一二日の、被告人等の行為を含み小川俊三等の公訴事実記載の行動について証言を求めることにあり、本件で起訴された冒頭判示の事項は、その事情として証言を求められたのにすぎず、これを主たる目的としていない。同弁護人は、冒頭判示の尋問事項につき証言を求めるのを主たる目的であると断定し、それについては検察官はすでに他に証拠をもっていて、被告人等が捜査に欠くことのできない知識をもっている証人とはいえないことを論証しようというのであって、この点で前提を欠き失当に帰する。ちなみに、右のような目的をもって共犯的者立場にある被告人等を証人として証言させようとしたことは、結局、主たる尋問事項については、正当な拒否にあって徒労に帰することが多く、それに附随した事情である冒頭判示の尋問事項しか証言を期待することができないと予想されても、それを理由に、尋問申請が違法となるものではない。それ故、この点を証言拒否の正当な理由を基礎づける点とする樋口弁護人の主張は失当である。

二、「被告人等は素人で十分防禦できないので、尋問に弁護人の立会を認めるよう申請し、その立会を認めることは、何ら捜査に支障がないのに、弁護人の立会を認めなかったばかりでなく捜査の主任検事の立会を認め、被告人等に心理的不安を与えた状態で尋問された」旨の樋口弁護人主張についてみるのに、被告人等に対する各証人尋問調書(本件で起訴されているもの。以下、同じ。)の記載、その録音テープ、当公判廷(昭和四〇年四月二八日。以下、同じ。)における被告人等の供述を総合すると、被告人等が証人尋問に先立ち各尋問にあたった裁判官に弁護人の立会を要求したが却下され、検察官が立会って尋問されたことが認められ、被告人等が不安の念を抱いたことは理解できるが、被告人等に対する証人尋問調書、およびその録音テープによると、被告人等の証言拒否の態度は頑強であって各裁判官に反抗するような答え方をしている(被告人金子同土田は各裁判官は当該場合証言拒否理由がないと思うと述べて証言を促したのに、自分の判断によるとその虞れがあると述べて証言を拒否し、被告人加賀谷は尋問の冒頭に起訴状の閲覧やメモをとることを執拗に要求している。)ことが認められ、右不安は必ずしも大であったとはいえない。したがって、この点が証言拒否の正当な理由を基礎づける旨述べる樋口弁護人の主張は失当というほかない。

三、「各被告人の尋問に当った各裁判官とも、訴訟指揮が適切ではなく、証言を引き出すことができなかったばかりでなく、各裁判官とも、証言命令をしていない。」旨の樋口弁護人主張について検討する。

刑訴規則第一二二条第二項による証言命令は、制裁の告知をした後、「証言しなさい。」「証言を命ずる。」というような用語により、確定的断言的にすることが本来の形であることはいうまでもなく、そのような形式で、各被告人の尋問に当った各裁判官がしていないことは、各被告人に対する証人尋問調書から明らかである。

しかし、被告人金子は当公判廷における供述中で、尋問に当った浜秀和裁判官に対し、尋問に先立ち、「刑事訴追の虞れがある。」との判断は誰がするかをたしかめたところ、同裁判官は、「私がする。」と答えたと述べており、同被告人に対する証人尋問調書、証人佐藤英夫に対する証人尋問調書によると、同裁判官が、尋問中に、「裁判官は秋田県政共斗会議というのは非合法な団体でもなんでもないと思うから聞くんですが、その組織内容について、これはどういうことから結成されたんだとか、構成だとか、役員だとか、そういうことをお尋ねしたいんですが、そういうことはいささかもあなたが刑事訴追を受けるおそれある事項だとは考えないんですが。」と述べ発問したのに対し、同被告人が、「それは裁判官の判断であって、私の判断ではおそれがあると思いますので拒みたいと思います。」と述べている。右の程度の裁判官の説示は証言命令の本来的形態とはいえないが、なお、証言命令と解するのを相当とすべくこの場合もう一度制裁の告知をすることが適切であったとしても、それをしなかったからといって不当ともいえない。

被告人加賀谷に対する証人尋問調書の記載によると、高木実裁判官が最初の尋問事項の「県政共斗会議を知っているか」ら尋問したのに答えず、起訴状の閲覧を執拗に要求し、また、再三の制止にかかわらずメモをしようとして、メモをとることを禁止され、その理由示を示すことを要求し、他の裁判官でメモをとらせた者があるのに何故とらせないと異議を述べて訴訟指揮に容易に従わなかったこと、さらに、尋問事項に対しては、県政共斗会議々長の点を除き、終始「自己が刑事訴追を受ける虞れがある。」として拒否したことが認められ、同被告人の態度は労働運動的態度で証人尋問に臨んでいるといえる。証人であった被告人加賀谷が小川俊三等の被告事件の起訴状の閲覧権を有しないこと多言を要せず(一般人は当該被告事件の判決確定後に記録を閲覧できるに止まるばかりでなく、公判開廷前は原則として非公開である。刑訴法第五三条、第四九条、第四七条)証人がメモをとることは、真実を語らなくなるとの点から、交互尋問の法則上、一般に禁止されているのである。同裁判官が被告人加賀谷に右理由を説示するなど、同被告人の言動に留意し正常な心理状態に戻るよう努力するのが妥当であったとはいえるとしても、その故に、訴訟指揮が不当であったともいえない。仮に、被告人加賀谷が同裁判官に対し信頼の念を抱かなかったとしても、およそ証言は主権の存する国民の名において司法権を行使する裁判所に対して行われるのであって、その権限をになう特定の裁判官個人に対して行われるものではないからそのような個人的感情は、証言拒否の正当な理由を基礎づけるものではない。

つぎに、被告人土田に対する証人尋問調書とその録音テープ同被告人の当公判廷における供述によると、同被告人は、尋問前に杉島広利裁判官に対し、「刑事訴追を受ける虞れ」は誰の判断によって決定されるかを尋ねたところ、同裁判官が「私がする」旨答え、同被告人に対する冒頭判示尋問事項一、二につき「刑事訴追を受ける虞れがある」旨繰返して答えたため、同裁判官が、「裁判官としては、あなたが今言ってるようなことは結局こういう証言を拒む理由にならないと考えますけれども、それでも答えませんか。」と述べ、発問したのに対し、同被告人は、「私が刑事訴追を受ける虞れがあるので供述できません。」と述べ、同尋問事項三の尋問後、さらに、右と同趣旨の説示を受け発問されたのに、黙否して答えなかった事実が認められる。同裁判官の右説示も、理想的な形ではないが、なお、証言命令ということができる。同裁判官が被告人土田に対し、証言を正当な理由がなく拒否するであろうとの予断を抱いていたとの弁護人主張は認められない。

以上の各裁判官の訴訟指揮には、被告人等を証言拒否に追い込んだ形跡はなく、その拒否の責任は被告人等自身に存在する。したがって、この点の樋口弁護人の主張も失当である。

四、「正当な理由のない証言拒否の制裁には、秩序罰としての刑訴法第一六〇条の過料と、刑罰としての同法第一六一条の証言拒否罪とが併科できるとしても、それは必ずしも併科すべきものではなく、第一六〇条の過料を受けた場合のうち情状悪質な場合にのみ刑罰を併科し得るのであり、悪質でない場合には、過料を科されることがあるとしても、証言拒否罪の構成要件には該当しないところ、被告人等の情状は悪質とはいえないから拒否の正当な理由があった。」旨の樋口弁護人主張について判断する。同法第一六〇条と第一六一条との関係は併列的であって、第一六一条は、その加罰的構成要件を何ら定めていないし実質上も、弁護人主張のような情状悪質であることを加罰的構成要件としなければならないとする合理的根拠も見当らない。もとより、秩序罰としての過料を科された者を、さらに、起訴するか否かは、裁判所が秩序罰を科した趣旨を尊重し、健全な良識に基いて、その起訴の当否を決すべきことはいうまでもなく、その点で、情状悪質か否かが一応標準の一つとなるであろうし、実務上いずれか一方の処罰ですまされる程度の違反内容の事案が多いというだけであって、そのことの故に、理論上、情状悪質であるということが第一六一条の加罰的構成要件であると論断することはできない。したがって、右弁護人主張は、すでにこの点で前提を欠き、被告人等が情状悪質であったか否かの点について判断するまでもなく、失当に帰する。(ちなみに、被告人等がその頃証人尋問を受けた他の者の証言拒否と比較して悪質でなかったと断言することもできない。)

五、「被告人等が小川俊三等の共犯者的立場にあった」旨の両弁護人主張、および、「被告人等が冒頭判示の尋問事項につき証言することは、二月一一日の不退去、一二日の住居侵入に発展する端緒となり、このような法的連鎖の一環となる事実については、証言を拒否する正当な理由となる」旨の重松弁護人主張ならびに、「いわゆる知事公舎事件につき捜査が進行中でいつ逮捕されるかもしれない心理的不安状態下にあった。」旨の樋口弁護人の主張について判断する。

(一) 被告人等が小川俊三等の公訴事実に関し、その一部につき共犯者的立場にあったことは、前叙のとおりである。

(二) そこで、被告人等が証言を求められた尋問事項中、冒頭判示の各尋問事項に対応する証言内容として予定された事実は大略どのようなものであったかについてみると、≪証拠省略≫を総合すると、つぎの事実が認められる。

(1) 秋田県労働組合会議(以下、「県労会議」という。)、秋田県教職員組合(以下、「秋教組」という。)秋田県高等学校教職員組合(以下、「高教組」という。)県職組、全日自労は昭和三五年一二月頃秋田県の施政に対し互に抱いている経済的要求を単一で要求しては、なかなか実現できなかったところから、これら組合が合一して要求を実現しするため、県政共斗会議の名の下に労組の連合会議を結成し、その議長に県労会議議長の内藤良平、事務局長に高教組書記長佐々木太一を選出し、幹事として、秋教組委員長田村修二、高教組委員長佐藤﨣、県職組委員長榎渡良徳、全日自労秋田県支部長高橋茂、外各単組から一名宛が就任し、県政共斗会議の意思決定は右役員をもってする幹事会(共斗委員会ということもあった。)の決議によった。

(2) 県政共斗会議は昭和三六年一月頃小畑知事に対し、各単組の要求のうち共通性のある問題を中心にして「昭和三六年度秋田県予算に関する要求書」を提出し、その実現を要求した。その要求の内容は、定員について(県の非常勤職員等の定員繰入と待遇改善、小中高教職員の定員増加、および、枠外講師の定員繰入と待遇改善)。諸手当について(宿日直手当の増額、超過勤務、通勤手当の支給、管理職手当廃止)。旅費について(特例条例の廃止、教職員旅費の増額)互助会に対する補助金の交付、失対労務者について(最低賃金の増額と地域差の是正、就労日数を二五日にすること、薪炭手当、諸手当の支給)で、この要求につき県総務部長等と交渉したが目途がたたず予算査定も進行するにいたったし、知事も交渉に応ずる旨回答しながら会わなかったこともあって、県政共斗会議としては、知事公舎に行き大衆行動の示威によって要求を実現する以外手段はないと考え、動員計画をたて、二月一一日午前九時半頃県政共斗会議傘下の組合員数一〇名とともに知事公舎に行き、団体交渉をもつにいたった。

右認定を左右する証拠はない。被告人等に対する前叙罪となるべき事実に判示した尋問事項で尋問を求められている事実は、右認定の事実を骨子とするに止まる。

(三) つぎに、被告人等が証言を拒否した理由について、検討する。

≪証拠省略≫を総合すると、県政共斗会議の考えとしては、二月一一日、一二日の行動はすべて適法な労働行為で、全く違法な行為はなく、知事と県政共斗会議との間で昭和三六年二月一六日交渉が妥結した後になって、小川俊三等を逮捕したのは、政治的意図をもって労働組合運動を弾圧するものであると考え、被告人等を含め、傘下の組合員に証人呼出状が送達されるや、県政共斗会議に弾圧対策委員会をもうけ、呼出を受けた者等が集り、千葉弁護士から証人の場合は、証人自身の判断で刑事訴追を受ける虞れがあると考えれば、証言を拒否できると聞かされ、組合に対する不当な弾圧に対抗するためには、証言拒否権を行使するほかないとの対策を決めた。被告人土田は、右立場に立って、何か証言をすれば、それをとらえられ刑事訴追を受ける虞れがあると考え、右立場から証言を拒否した。との事実が認められる。

また、被告人金子は、当公判廷における供述の中で「とにかく答えない方が安全なんだ」という基本的な考え方をもっていたと述べているのは、前叙弾圧対策委員会の対策を守っていたことを表わしており、また、県政共斗会議に関する事項に答えれば共同謀議として自分が起訴される虞れがあり、予算要求書に関する事項に答えれば、一一日、一二日の行動につながって刑事訴追の虞れがあると考えたと述べている。また、被告人加賀谷の当公判廷における供述によると、県政共斗会議が知事に予算に関する要求書を提出し一一日に組合員を動員し知事公舎で交渉したことはすべて、県政共斗会議が正式に決定したもので、被告人加賀谷はその決議をしたり動員計画をした一員であるから、これらの点につき証言すれば、自己が刑事訴追を受ける虞れがあると考えた旨述べている。

(四) およそ、証言を拒絶できる正当な理由となるべき、自己が刑事訴追を受ける虞れがある「事実」には、犯罪の構成要件を充足する直接事実ばかりでなく、証拠の相互の関連からみて、或る間接事実から右直接事実を推測する蓋然性がかなり高度である間接事実(必ずしも違法な事実に限らない。)を含み、「刑事訴追」とは、起訴のみでなく起訴猶予となるであろう場合もそれにあたり、したがって、犯罪が成立し法律上刑事責任が追及できるような犯罪捜査手続が進行されることであり、その「虞れ」は「現在の危険」を意味する。と解される。弁護人の指摘する「法的連鎖」の概念は、右の意味でのみ正当といえる。

本件において、前叙(一)(二)(三)の事情の下で、被告人等自身がその証言をすることによって刑事訴追を受ける虞れがある場合にあたるかについて検討する。まづ、前叙(二)の証言を求められている事実についてみると、全く正当な労働行為に属する。すなわち、二月一一日の不退去、一二月の住居侵入の各事実が公訴事実のとおりである(但し、被告人等に関する部分を除く。)とした場合、二月一一日の県政共斗会議に属する組合員の行動のうち違法行為とされるのは、組合員等が平穏に知事公舎に入り小畑知事と正当に団体交渉を開始してから、すでに一〇時間余も経過した当日午後八時以後の、公訴事実のように不退去要求を受けた後に起る状態についてであって、それまでは、いかなる意味でも正当な労働行為というほかなく、その間には、法的にみて、超えることのできない断層がある。このような正当な労働行為から、公訴事実のうち、被告人等に関する不退去、住居侵入を推測する蓋然性は極めて低く、むしろ、それを推測すること自体経験則に反し、その証言をすることは、刑事訴追を受ける虞れのある「事実」には該当しない。被告人等がそれを証言することが被告人等に対する犯罪捜査の端緒となる点では、前叙の意味での「刑事訴追」に当らないとはいえないけれども、それは全く端緒であるのに止まり、他の新しい証拠に基かないでは犯罪捜査が進行し刑事責任が追及される「危険は現在しない」のである。それ故、被告人等が前叙(二)認定の事実につき証言をすることは、「自己が刑事訴追を受ける虞れがあるとき」に該当せず、被告人等が前叙(三)認定のようにその場合に該るとして、証言を拒絶したことは、正当な理由がなく証言を拒んだものというほかはない。

(五) なお、附言すれば、「被告人等の証言拒否は県政共斗会議に属する労組員の地位をはなれては存在せず、その行動の一部として評価すべきである。」との重松弁護人の所論も理解できるけれども、それ故に、「証言拒否も正当な労働行為として労働組合法第一条の刑事免責が適用される」との見解は失当で採用の限りではない。また、被告人土田の述べるような二月一一日の不退去、一二日の住居侵入もまた正当な労働運動行為であるとの考えが失当なことは前叙のとおりであり、被告人土田に対する証人尋問は「政治的弾圧であるから拒否する。」との理由も、結局、証言拒否の正当な理由とならないこと多言を要しない。また、重松弁護人は、「労働組合は団結してこそ力を有し個々の組合員のみでは無力であり、自己を守り同時に組合の組織を守ることは労働法上の権利であるから、捜査の手を他の組合員に及ぼさせないために、被告人等が県政共斗会議の組織等につき証言しなかった。」旨強調し、それは「証言拒否の正当な理由となる。」と考えている如くであるが、労組の他の組合員の関係での証言拒否権を認めた現行法は存在せず、それを認めるかどうかは法解釈の範ちゅうに属せず、立法政策の問題であり、この意味では、失当というほかない。さらに、被告人金子、同土田が前叙(三)の証言拒否理由として述べた、「証言拒否の正当な理由は自己の判断によって決る」との考えも誤りであり、証言拒否の正当な理由は、証人自身の認識にかかわりなく、一般通常人ならば認識しまたは認識しえた事情を基礎として、客観的に定まること前叙のとおりである。

(六) 以上のとおりであるから、前叙五冒頭の両弁護人の各主張は失当というほかない。

六、「以上一から五において検討した各事実、すなわち、(一)証人尋問申請が刑訴法第二二六条の要件を具備していたかどうか(二)証人尋問に弁護人の立会なく検察官が立会ったこと(三)裁判官の訴訟指揮(裁判官の態度と証言命令)(四)同時に証人となった他の証人との比較、(五)被告人等が共犯者的立場にあったこと、県政共斗事件をめぐる当時の状勢の切迫性と被告人等の不安などの事実を総合すると、刑訴法第一六一条の正当な理由が存在した。」旨の樋口弁護人の主張についてみるのに、前叙各事情について判断したとおり、同弁護人の指摘する各事情は、「証言拒否の正当な理由」を基礎づける事実としては有用ではなく、これらの事情をすべて総合しても、正当な理由があるということはできない。

七、以上のとおりであるから、重松、樋口各弁護人の「被告人等は証言を拒否する正当な理由があったから無罪である」旨の各主張は失当というほかない。

第五、「被告人等は、証言拒絶できる正当な理由があると信じて拒否したので、証言拒否は誤想防衛にあたり無罪である。」旨の樋口弁護人主張について判断する。裁判所が第一回公判期日前に被告人等を証人として尋問した手続には違法な点が存在しないこと前叙のとおりであり、冒頭判示の尋問事項につき証言を求めたのは、二月一一日の不退去、二月一二日の住居侵入という正当な労働運動行為を逸脱した犯罪の事情としてであって、そのこと自体、どのような意味でも、「不正の侵害」とはいえないから、急迫不正の侵害ありと誤認することは全く存在せずしたがって、誤想防衛の成立する余地はない。

よって、右弁護人の主張は独自の見解で採用するに由ない。

第六、「被告人等には、適法に証言することの決意を期待する可能性が存在しなかったから故意または違法性を阻却し無罪である」旨の樋口弁護人の主張についてみると、前叙説示の各事実を総合して判断するのに、被告人等に、適法な証言をすべき決意を期待する可能性が存在したものというほかなく、この点の右弁護人主張も採用しない。

(法令の適用)

被告人等の判示各所為は、それぞれ、包括一罪として、刑事訴訟法第一六一条第一項に該当する。そこで、被告人等の情状について検討する。

被告人等に対する証人尋問の主たる目的は、二月一一日の不退去、一二日の住居侵入など被告人等が共犯者的立場にあって、正当に証言を拒否できる事項を含み小川俊三外四名の公訴事実記載の行為について証言を求めたものであり、冒頭判示の各尋問事項はその事情となる事実にすぎないこと。被告人等が証人として尋問を受けるにあたり弁護人の立会を要求したが容れられず逮捕されるかもしれない不安感を抱いていたこと。被告人等がそれぞれ当公判廷における供述で、冒頭判示の尋問事項に対応する事実につき述べ、現に仙台高等裁判所秋田支部に係属中であること当裁判所に顕著な小川俊三外四名の被告事件に、これを証拠として利用することが可能な状態になったこと。被告人等は、すでに、本件証言拒否により、各尋問に当った裁判官から、それぞれ、刑事訴訟法第一六〇条に基く秩序罰として、各過料五、〇〇〇円宛に処され完納していること(このことは、過料の各裁判正本、被告人等の当公判廷における供述から認められる)などは、量刑上考慮すべき有利な事情である。しかし、他方において、被告人等が証言を拒否した基本的な考え方は、県政共斗会議とその組合員に対する政治的弾圧であるとの点にあり、自己が刑事訴追を受ける虞れがある旨の陳述は、その弾圧に対抗する手段として用いられたのにすぎないこと。被告人金子、同土田が各裁判官から証言拒否の正当な理由がない旨説示されて尋問を求められたのに、なお、自己の判断を固執して拒否したこと。被告人加賀谷が尋問に当った裁判官に労働組合運動的な態度をとり、被告人等が敵対感情を抱き、頑強な態度で最初から拒否していること。被告人等が現在も何らの反省の念をも示さないこと等の点で犯情は不利である。

およそ、正当な理由がなく証言を拒否することは、刑事訴訟における実体的真実の発見を阻害するばかりでなく、裁判所を侮辱し、司法権を否定し、法の支配を否定する思想に基く行為であって、その違反の責任は大であるといわなければならない。本件において、前叙有利、不利な事情、前叙各説示など一切の事情を総合考慮すると、被告人が冷静にその責任を反省し、それがいかに重大な結果をおよぼすかについてその償いを通じて悟らせ、再び同じ誤ちを繰返さないようその遷善を期待し、また、被告人等がすでに過料に処されているけれども、刑事訴訟法第一六一条第二項の、情状により罰金および拘留を併科することができる法意をも併せ考え、同法同条第一項の所定刑中拘留刑を選択することとし、刑法第一六条の範囲にしたがい、被告人等を、それぞれ拘留二〇日に処する。訴訟費用については、刑事訴訟法第一八一条第一項本文により、その三分の一宛を各被告人に負担させる。よって、主文のとおり判決する。

(裁判官 高木積夫)

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